「事件は会議室で起きてるんじゃない」そして「正しいことがしたければ偉くなれ」
その昔、『踊る大捜査線』というドラマがありまして。
ワーママ vs 専業主婦とか、既婚子アリ vs 独身とか、子育てひと段落世代 vs 乳幼児子育て真っ最中世代とか、”輝け”とハッパかけられる女性たちは団結して自分たちの意見を世の中に発信していくのが決して上手とは言えず、自ら様々なクラスタに分かれては対立して、”女の敵は女”状態を作り出してしまう業深き生き物です。
専業主婦をしてみて自分がいかに仕事向きな人間かを痛感したのですが、同時に保護者コミュニティで活動をしてみると、家庭運営が本当に上手な人とか、地域の人と緩く連携しながら地域社会のための草の根運動的な活動に熱心に取り組んでいる人がいて、人にはそれぞれ得手・不得手があるというのがはっきりと実感できました。
小池都知事のような上昇志向を持って強いリーダーシップを発揮できる人はそうたくさんいません。だからこそ、自分たちの中からそのような人が現れたらできる限り応援して、その人に世の中に対してハッキリと問題提起をしてもらい、たくさんの人を動かして問題解決への道筋を示してもらいたい。
と同時に家庭をホームグランドとして日々の家事育児に邁進する人は、その視点から貴重な現場の声を発信し続けて欲しい。
政府や企業という組織の中で物事を動かしていくのが得意な人は、先進的な取り組みの例を作って世の中に示したり、その取り組みを自分の組織に取り入れることを頑張って、良い取り組みが積み重なって世の中が徐々に変わっていくうねりを作り出して欲しい。
得意な人が、得意な分野で存分に力を発揮することで、不得意なことを一所懸命やるよりもずっと早く、大きく物事を動かしていくことができる。
例えば次の記事にあるような、国という単位で少子化対策の舵を切るとき、国の中枢でコンセプトを描く人、プロセスを設計する人、調査に協力して専門家として必要な情報を提供する人、少子化の現場から国民の立場で問題提起する人、集めた情報をもとに制度設計する人…と、それぞれの場所でできる人がしっかりと力を発揮する必要があります。
自分の得意分野を再認識し、それぞれの分野で自分の”得意”を生かして着実に変化を起こし続けている人たちの姿を見るにつけて、それぞれの立場の人を素直に応援したいという思いを強くしています。
私たちには対立しているヒマはありません。
超高齢化&少子化は目の前に迫っていて、本来なら第三次ベビーブームを巻き起こしていてもおかしかった団塊Jrたちが子供を産まないままに気づけば妊娠出産の適齢期を通り過ぎようとしている今、私たちは人生100年時代を見据えた世界を作って行かなくてはいけない。
青島刑事の「事件は会議室で起きてるんじゃない」、和久さんの「正しいことがしたければ偉くなれ」、そして室井さんの「責任を取る。それが私の仕事だ」というセリフは、こんな時代にそれぞれの立場で頑張っている私たち全員に向けられたエールのように感じられるのです。
書いていたら踊る大捜査線久しぶりに見たくなっちゃった。
ファッション・フリーク:一般人=5.5:1
一昨日に続き、ファッションにまつわるネタ。
ファッションへの関心度・関与度としては高い方から低い方へ
- ファッションにはお金も時間もかける
- ファッションにお金も時間もかけたくないけど、見た目で損をするのも面倒なのである程度の努力はする
- ファッションには興味がなく、お金も時間もできるだけかけたくない
という大雑把に3つの層に分かれていて、圧倒的多数の人は真ん中の層にいるんじゃないかと思ってます。
ちなみに私も真ん中。ファッションを楽しいと思うしファッション雑誌も定期的に買うけれど、毎日何を着ていくかについては楽しんで選ぶというよりはマナーとして選んでいます。
ところで実際世の中の人ってどれくらいファッションにお金使ってるんでしょう?
こんな調査結果を見つけました。
やはりというか、女性の方が男性よりも平均してファッションにお金をかけているのがわかります。
でも3万円以上かけていると答えた人の割合は男性の方が多い。スーツが高いのかな?
じゃあアパレル業界の人は?と思ったらこんな調査も。
”スター販売員”のお給料の使い道に関する調査。
月の洋服代平均43,000円。
世間一般と比べてグッと金額が上がります。
さらに美容やコスメにも結構投資していて、洋服と合わせると平均で月に8万円強になるという結果。
スター販売員さんのお給料がどの程度かわかりませんが、結構な割合をファッションに割いているイメージじゃないでしょうか。ファッション好きの男性ブログで「手取りの10%程度を目安に」と書いてあるのを見かけましたが、アパレルの販売員の平均的な年収は300〜400万円程度だそうで、月収にすると25〜33万円程度。43,000円は軽く10%を超えている(13〜17%)わけで、アパレル業界の方々のファッションに対する”意識の高さ”が伺えます。
ちなみに平均値はというと女性で7,882円、男性6,981円というところのようですね。
【男女別】1カ月の洋服代ランキング 女性平均7882円 男性は?|「マイナビウーマン」
総務省の家計調査を見てみると、世帯当たりだとか処分所得に対する被服費の割合は概ね2.2〜2.8%程度で推移していて、月収が30万だとすると6,600〜8,400円なので、上の調査の値とほぼ一致するイメージです。
ということはアパレル女子は平均と比べて5.5倍もお洋服にお金かけてることに!
改めて、ファッション・フリークに幸あれ。
私には無理だったファッション業界の”常識”
ファッション業界で働いてすごく驚いたことがいくつかあって、そのうちの一つが「こんなにファッションに命かけてる人が本当にいるんだ」ということでした。
私はとある外資系のラグジュアリー・ファッション・ブランドでデジタルマーケティング担当をしていたことがあります。デスクの目の前に座っていたのはPR担当。
ファッション業界におけるPRはまさに花形職業。ブランドを体現する存在であり、ブランドによっては他の業界で言う所のマーケティングプロモーションも担う、ブランドのファンを作るためのブレーン的存在でもあります。
PRは全身をブランドの最新シーズンのお洋服とアイテムで固めるものとされているそうです。昨シーズンのものは基本着られません。社員割引は効くけど、セールになる前に定価で買うので安くても十万弱、高いと20万円を超えるものもたくさんありました。
靴もバッグも財布も名刺入れも、すべて自社ブランド。毎日が全身総額ン万円という世界です。
平日は仕事があるので基本的に自分のブランドの服しか着られません。休日も、どこで取引先や編集者と出くわすかわからないので、あからさまに他社ブランドだと分かるものは着られない。
でも、着たい!!
そうすると、所有欲を満たすためだけに、着られない服や持てないバッグを買うこともよくあるそうです。
一番びっくりしたのは、PR担当に「毎月どれくらいお洋服にお金使うの?」と聞いたら「わからない」という答えが返ってきた時。
最初は「いちいち計算してられないくらいたくさん使ってるのか」と思ったら、どうも様子が違う。よくよく聞いてみると、欲しいものはローンを組んででも買うので、ローンの返済だけでも月々相当な額になっており、その月にいくら使ったかなんてもはやわからない、と。
お洋服をローンで買う
ブランドもののバッグをローンで買うんじゃないんです。
日々のお洋服を、常にローン組んで買ってるんです。
異次元を除き見た気がした瞬間でした。
自社ブランドの服は、売ることもできません。就業規則にちゃんとそう書いてあります。中古品が出回ると価格が崩れるし、ブランドイメージも毀損します。最大限譲歩して、知り合いに譲る程度。
でもそのうちそんなに譲る先もなくなって、家がパンクしそうになるくらい自社ブランドのお洋服やアイテムで溢れかえる。
そこでさらに驚いたのが
お洋服に愛着がありすぎて一切捨てられない
中にはお洋服を保管するためだけに倉庫やアパートを一室借りていたり(でもその洋服はほぼ確実に二度と着られることはない)、広い家に引っ越したりしている人もいました。
アンビリーバボー
あれだけファッション・コンシャスな男性にたくさん出会ったのも、後にも先にもブランドで働いていた時だけでした。伊勢丹のバイヤーみたいな、UOMOとかSafariとかLEONを地で行く感じの人がいっぱいいました。
私からしたらあの人たちは異星人にしか見えなかったけど、彼らからしたら数年前に買ったユインクロのウルトラストレッチデニムを恥ずかしげもなく履いている私の方がよっぽど宇宙人に思えたに違いない。
ちなみに、ファッション業界にも転職はあります。
ブランドを複数抱えているような大きなグループ会社だと、ブランドAからブランドBへの異動もあるそうです。
その度にお洋服もバッグも小物も総とっかえするんだって!!
いろいろな理由があり早々に離脱したファッション業界でしたが、いままで出会ったことのない人に出会うことができたという意味では非常に収穫が大きい転職でした。
朝から晩までどこそこのショップで見かけた何が可愛いとか、どこそこのブランドのクリエイティブ・ディレクターが変わって今後どう変化していくのかみたいな話題で盛り上がれる人が本当にこの世の中にいるなんて!
この目で見るまでは妖精さんと同じくらいその存在を懐疑的に思っていたので、実在することを確かめられただけでもめっけもんでした。
ファッション・フリークに幸あれ。
で、スピリチュアルってどーなのよ
スピリチュアル。
…うん、怪しいです。
いまだにこの言葉の響きには慣れることができず、うさん臭さと照れくささと奇妙な好奇心を覚えます。
とはいえ私の2016年はこのキーワードとは切っても切れない一年でした。
タロットを習い、いろんな人に練習台になってもらってリーディングをさせてもらって、意識的に心のバリアを下げて”スピリチュアル”に立ち向かった一年でした。
立ち向かったとは大げさなと思われるかもしれませんが、スピリチュアルを否定しない、受け入れるための努力は、”共感性羞恥”癖がある私にとってはまさに立ち向かい、挑むような感覚でした。
「あー逃げたいよー、見なかったことにしたいよー」という気持ちとの闘い。
で、1年間立ち向かってみて、結局スピリチュアルどーなのよ?
と改めて振り返って考えてみました。
- 世界の解釈の方法が一つ増えた
現実世界で起きている出来事をどう捉えるか、その軸の一つとしてスピリチュアル的に捉えるというのもアリだなと、自分の中で世界を理解する枠組みが一つ増えた感じがあります。
トランプ大統領の登場を政治的な流れから解釈することもできれば、経済的な側面から読み解くこともできるように、そこに彼のオーラの強さなり守護霊なりを重ねて解釈する場合もあるんだな、という感じ。(あまり例が良くないけど。) - 今まで頭の回転の速さとか直観力だと思ってたことも、霊感と言えなくもないのかもしれない
勘の鋭い人っているじゃないですか。
普通なら「あの人頭の回転が速いから」みたいな理由付けをすると思うんです。もちろん知力能力や経験値の差も大きいと思いますが、そもそもなんか「つながりやすい人」っていうのもいるんだな、と思うようになりました。
それを直観力と呼ぶのか、霊感とか第六感と呼ぶのか、それだけの差なのかもしれません。
と思うと、霊感ってそんな大したことないじゃん、とも思えます。 - 「自分がどう感じるか」「楽しいか、心地よいか」を重視するようになった
これは単純にもう年齢的に根性やら体力勝負がキツくなってきた、ということもあるかもしれませんが(笑)。
自分が何か霊的なものからメッセージを受け取っているとしたら、その声に耳を傾けて従ってみてもいいんじゃないかなと思えるようになりました。
私は霊の声が聞こえるわけじゃないので、どうやって従うかというと最終的には”自分の直感に従う”ことになります。
それはつまり自分の気持ちに素直になるということでもあります。
いくつかの選択肢があったら、より楽しいと思える方、心地よいと思える方を選ぶ。単純にラクな方を選ぶのとも違い、チャレンジすることが楽しそうならそっちの道を選ぶ。今はチャレンジよりも穏やかな時間を過ごす時だと感じたら、チャンレジは先延ばしにする。
こうやって並べてみると、あんまり目新しい発見はなかったのかも(笑)。
そんなに騒ぐことじゃなかったのかもしれない。スピリチュアル。
恐る恐る遠巻きにしていた世界についに足を踏み入れ、おっかなびっくりカミングアウトした”スピリチュアル”。まだ「これで世界が開けた」みたいな実感はないですが、実生活における意識の変革とともに、なんとなく世界のとらえ方が変わってきた感覚はあります。
とりあえずは2017年も引き続き、ゆる~くスピリチュアルに挑んできます。
共感性羞恥について。
共感性恐怖のほうが一般的らしい。
ホロスコープを出してもらったら超複雑だった
占いネタ続いてます。
仕事でロジカルな左脳的振る舞いに自分を追い込んでおりまして、日中でロジカル思考は売り切れ。ブログ書く時まで左脳的な自分を保てないような日々を過ごしています。ビジネス本を全然読む気になれず、小説とかエッセイばっかり読んでます。
さておき。
先日、ホロスコープを勉強中だという知人の星読みさんに、ふとしたきっかけて私のホロスコープを見ていただく機会がありました。
生年月日と生まれた場所をお伝えしてホロスコープを出してもらったのですが、それが予想外にとても美しかったので、今日はそのまんま載せちゃいます。
じゃじゃーん!
「滅多にない」「超複雑」「すごく珍しい」とお褒めの言葉(?)をいただきました。
私はホロスコープは全く読めませんが、曼荼羅のような、雪の結晶のような、イスラムの幾何学模様のような模様は確かに神秘的。
添えられていた「どう頑張っても地味に生きられません」というコメントも味わい深い。
とても複雑なので、ゆっくり時間をかけて読んでみていただけることになりました。
なんてラッキー!
結果がとても楽しみです。
けがさないんです。しいたけさん占いはここがスゴイ②
しつこくてすみません。しいたけさんにはまってるんです。
昨日、しいたけ占いのスゴさについて、そのテクニック的なところで非常にびっくりした話を書きました。
占いやってみて思うのは、占いっていうのは大きく3つの要素で構成されているんですね。
- 相手の悩みや本心を聞き出す能力
- カードやホロスコープを読むといったテクニカルなスキル
- リーディングの結果を的確に相手に伝える力
相手が本当に悩んでいることや、自分でも気づかないうちに溜め込んでしまっている気持ちを聞き出せないと、占いのスタート地点である「問題設定」がうまくできません。
間違った問題に対していくら答えを出そうとしても、その答えは絶対にズレたものになってしまう。
ここは普通に聞き上手な人もいるだろうし、心理学みたいなものを勉強している人もいるし、「読んじゃう」人もいます。
そして次がテクニカルなスキル。
タロットをスプレッドで並べ、カード一枚一枚をどう解釈するか。カードの解釈がしっかりと頭に入っていることもそうですし、解釈のパターンをたくさん持ってることもテクニック。ホロスコープでもマヤ暦でも数秘術でも、そこにテクニカルな要素があるというのは共通してます。
そして最後が、結果を相手に伝える力。
これは占いのスタイルにもつながります。説教系の人もいるし、絶対に結論めいたことを言わない人、解釈に幅をもたせて相手に結論を出させるように導く人など、様々です。で、ここが相談者さんにとっては実は一番重要で、「どういう人から」「どういう風に」伝えられたら一番すんなりと聞けて納得できるのか、というのはこれで決まるといっても過言ではない。
使う道具がタロットだろうがホロスコープだろうが霊視だろうが、いかにもな風貌のヴェールかぶった女性に「◯◯が見えます、あなたは3週間以内にXXします」と言われるのがいいのか、隣のお兄さんみたいな人に「うーん、なんとなく△△って感じがするんだけど、□□っていう可能性も捨てきれないよね〜」と言われた方が納得できるのか。
しいたけさんは、この三番目の伝え方が抜群に上手だからあんなに人気なんじゃないかと思うのです。
語り口調をベースにしながら、相手に警戒心を抱かせることを極力避け、問いかけるように相手に委ねつつもポイントとなる部分はビシッと断言する。
このバランスが絶妙すぎて、文章の流れとしてあまりに面白くて占いの内容そっちのけで何度も読み返してしまうほどの完成度です。
そして、占いを伝える時のポリシーをしいたけさんがブログでこう書かれているんです。
だから、僕は占いで人をぶった斬ることや、無責任に「なんかね、あんまり良くないみたいだね」というようなことは絶対に言わないと決めています。
読んでくれている人には、それぞれの生活の中で守っている人生があり、大事にしているものがあります。そして大事にしたい人やモノがいます。
人が持つ誇りをけがさないようにするというのが僕の信念です。
「相手を傷つけないようにする」と、普通に言ってしまっても多分意味は通じます。そこをあえて「人が持つ誇りをけがさないようにする」という言葉選びのセンス。
占いじゃなくて、小説でも書いた方が良いんじゃなかろうか。
私だったら読んでみたい、この人の書く小説。
「降ろす」んです。しいたけさん占いはここがスゴイ①
すっかり大ファンになってしまった「しいたけ占い」のしいたけさん。
つい最近2017年上半期の占いが出たのですが、それを書いていた時のことをしいたけさんがブログに綴っています。
これ読んでスゴイびっくりしたのが、コレ。
こういう表現が苦手な人は気分を害したら申し訳ないのですが、降ろします。たとえば自分が今まで会った牡羊座の人とか、牡牛座の人を自分に降ろします。そして「牡羊座の人が感じるように一致するまで」感じようとします。
しいたけさん、ホロスコープ読めないんだそうで、そのかわりに「◯◯座の人を降ろす」ことであの占いを書いているそうな!!!
私もタロットやる時はこの感覚にすごく似ていて、相談者の方にどんどん波長を合わせて行く感覚があります。その人の肌の下に入り込んで、その人の目を通じて、その人の感性を通じて、今や未来を感じ取って行く。
なのでメンタル弱ってる人の相談を受けると、どうしようもなく落ち込んじゃったり、ものすごいネガティブな気持ちになっちゃったりします。ただそれが他人の感覚だという自覚もあるので「そんな気持ちでウジウジしててどうすんだよっ!」ともどかしく腹立たしい思いになってしまうことも多々ありまして、そこは言葉に落とす時に説教くさくならないように気をつけているポイントです。
そういう時タロットは、相談者の方に波長を合わせて行くための道標のような存在になります。
このことを知った上で、改めて「しいたけ占いスゴイ」と思ったのは、一人じゃなくてある特定の属性の人全体に同調するという部分。
”降ろす”とか”「牡羊座の人が感じるように一致するまで」感じようと”するって、つまり”牡羊座という集合体が感じるように一致するまで感じる”ってこと。
相手が一人だけしかいない場合でもブレるのに、”◯◯座の人”という、人類をたった12種類に分ける非常に大雑把に括られた一つ一つの括りにいる大多数の人に当てはまる最大公約数的なものを”降ろす”なんて想像もつかない。
一体しいたけさんはどういうものを見てるんでしょうか…すごく気になります。