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The Spare Times  〜人生のスキマ時間を愉しむ〜

バリキャリワーキングマザー、アラフォーにして主婦デビュー。 突然訪れた人生の隙間時間をゆるりと楽しみつつ、次のステップを模索しながら迷走する毎日。最近お仕事再開+ときどきタロット占い師。

不自由な子供たち、自由な大人たち

Pulling funny faceswww.flickr.com

 

子育てをしていて思うのが

 

子供ってなんて不自由な存在何だろう

 

ということ。

 

例えば我が家の1号(6歳児)は今年小学生になったばかりですが、
彼女は本が大好きだけど、漢字が読めないので読める本が限られてしまっています。
親の許可と同伴なしに一人で好きに遊びに行くことができません。
なぜ学校で勉強することが大事なのかが分からないので、遊びたくても眠くても宿題をしなくちゃいけないというのは理不尽以外の何物でもないように感じられます。

 

2号(3歳児)は、保育園のルールで平日は大好きなスカートが履けません。
少し高いところにかけてあるタオルに手が届かないので、お風呂上りにはお母さんにタオルを取ってもらわないといつまでたっても全身びしょ濡れのままです。
一人では不安で夜眠りにつくこともできません。
夜ご飯の前にお菓子が食べたいのを親に止められると、悲しくて悲しくて号泣してしまいます。

 

赤ちゃんの頃はさらに不自由極まりない世界に生きています。

まず、自分自身の意思で思うように体を動かすことができません。
ハイハイできるようになるまでは、移動したかったら誰かに運んでもらう以外に選択肢がありません。
オシッコもウンチも垂れ流すだけで、オムツがムレても変えてもらうのを待つしかありません。
お腹が空いたり、お母さんの姿が見えなくなるだけで不安になり、不安であるという自分の気持ちを処理することができずにひたすら泣くという唯一のコミュニケーション手段に頼ります。

 

めっちゃ不自由! 

 

もし大人の意思を持ったまま赤ちゃんの体に閉じ込められたとしたら、おそらく発狂するんじゃないかと思うんですよね・・・

 

少し大きくなっても、例えばおやつに大好きなアイスクリームが食べられないというだけで悲しくて悲しくて仕方なくて号泣しちゃったりします。
世界は知らないことだらけで少しでも日常のルーチンから離れてしまうと、次に何が起こるのか予測して行動することは極めて困難です。
語彙も限られるし、自分の気持ちや置かれている状況を正しく理解することも難しいので、ましてやそれを言語化して相手に伝えるなんていうことは相当訓練を積まないとできるようになりません。

 

大人になってそんなに感情に振り回されたり、毎日新しいことだらけだったり、自分の気持ちや要求を相手にきちんと伝えられなかったとしたら…
疲れ果ててしまって日常生活を送ることなんてできないんじゃないかなぁ。

 

 

大人になるって
できることが増えること。
知っていることや経験したことのあることが増えること。
感情をコントロールできるようになること。
行先を予測して備えることができるようになること。

自分で決めて、自分で行動できるようになること。

 

 

そう、大人になるって、自分で決めて自分で行動できるようになること。

大人になるというのは、自由を手に入れていくってこと。

 

 

私たち大人は、手に入れた自由を思う存分に楽しまないともったいない。
それに伴う責任を自分自身で受け止めながら。

子供達には成長の過程で自由を勝ち取り、そうやって手に入れた自由を謳歌できる人間になってほしいなぁ、なんて思ったのでした。