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The Spare Times  〜人生のスキマ時間を愉しむ〜

バリキャリワーキングマザー、アラフォーにして主婦デビュー。 突然訪れた人生の隙間時間をゆるりと楽しみつつ、次のステップを模索しながら迷走する毎日。最近お仕事再開+ときどきタロット占い師。

私:ダンナ=9:1の家事育児分担問題

ダンナは家事にも育児にも協力的です。

 

娘1号2号が赤ちゃんの頃は進んでオムツ替えをしてくれたし、夜泣きの時には翌日仕事があるのに抱っこで散歩をしてくれました。
家族みんなの朝ごはんはずっとダンナが作ってくれているし、朝保育園に送って行くのもダンナです。
毎週木曜日はお迎え担当デーにしてくれていて、私が飲み会に行こうが残業しようが習い事をしようが自由にさせてくれます。

 

でもね…

 

現在の我が家の家事育児分担比率は

 

私:ダンナ=9:1

 

これは私の体感値だけど、ダンナ的にも「だいたいそんなもんだと思う」ということなので共通認識として9:1です。お互いにそれが良いとは決して思っていないけれど、事実として9:1。

 

でも最初は6:4くらいだったと思うのです。
それがどうして9:1にまで偏ってしまったのか。
そこら辺を”我が家の場合”としてご紹介しつつ、どうやってこれを是正しようとしているのかをご紹介します。
誰の参考になるのかわからないけれど。

 

Phase 1)5:5から8:2へ 〜慣れと激務

最初の産休から復帰したあとは毎朝ルンバをセットして、洗濯物が溜まっていたら洗って干して、シンクに食器がたまっていれば洗っておいてくれました。
「言わなくても気づいた人がやる」という体制がかなり構築できていたと思っています。料理以外はほぼ5:5で分担できていた。

ところがだんだんと私も仕事のペースが固まり、私が仕事と家事育児を回して行くのに慣れるのに比例して、「もう大丈夫」という安心感をダンナが抱いてしまったのか徐々に分担が偏っていきます。ダンナの仕事がどんどん忙しくなって帰宅が遅くなっていった事も無関係ではありません。
朝はダンナ担当だし週一お迎え担当も継続されていましたが、この時点での分担は私:ダンナ様=8:2くらいまで偏っていました。
週一お迎えの日も、夕食の用意を朝のうちに済ませておいて、着替えを用意し、帰宅したらお皿を洗って翌日の準備をするのは私のタスクとなりました。

 

Phase 2)10:0 〜育休中は専業主婦だよね?

そして2号妊娠。

お腹がどんどん大きくなってもダンナ様の帰宅は早まる気配はなく、イヤイヤ期に突入した1号を抱えてトイレに行く暇もないくらいの激務+家事、そして子供が寝たあと深夜に仕事を再開する毎日。私は毎晩帰宅するとパンパンに張ったお腹が痛くて、脂汗をかきながら1号の世話を必死にこなしていました。それが異常な事だと気づかないくらいに切羽詰まっていた。

結局、切迫早産で入院。職場に多大な迷惑をかけましたが、ぎりぎり生産期までなんとか引っ張って2号を出産しました。
そして育休に突入。私が家にいるので、必然的に「やれる人がやる」という場合の「やれる人」は私に偏っていきます。家事育児分担は一気にほぼ10:0まで振り切りました。

私も「でも今は私が家にいるから」と、期間限定専業主婦のつもりで全ての家事育児を引き受ける事は致し方ないと思っていました。

 

Phase 3)9:1 〜準備不足が招いた分担の固定化

そして二回目の育休から復帰。
朝担当と週一お迎え担当はかろうじて復活しましたが、その他の分担は見直されることがないまま復帰してしまいました。
9:1が固定化された瞬間でした。

 

この時に「復帰するからには分担をもう一度見直したい」と申し出るべきだったのかもしれません。
でも、しなかった。
私も、連日終電まで仕事しているダンナ様に「家事をもっとやってほしい」とどうしても言えなかった。

 

結果、
シンクに放置したお皿が洗われることはなく、私が手をつけなければ洗濯物は極限まで山積みになり、ルンバは壊れたまま稼働することもなくなり、ルンバを修理するにも手が回らず、ゴミ出しも、子供の世話も、子供のお受験の諸々も、そのほとんどが私の肩にのしかかりました。

ますます激務なダンナは徐々に朝も起きられなくなっていき、朝の当番も怪しくなっていきます。子供たち二人を起こし、着替えさせ、食事を作って食べさせる合間に、ダンナを叩きおこすタスクが追加されました。

 

限界です。

 

この状態で共働きを続けることは、精神的にも肉体的にも本当に辛かった。

小一の壁に激突して会社を辞めましたが、心のどこかで「これでようやく少し休める」と思っていたのも真実です。

 

固定化された偏った分担を見直すためにしていること

で、専業主婦として過ごすこと6ヶ月。
その間に心の余裕を取り戻し、気づいたことが2つあります。

 

私だけが家事を担っている状態で、は

  • どんなタスクが存在するか
  • それぞれのタスクはどのようなルールに則って運用されているか
  • そもそもタスクに必要な道具類がどこに収納されているのか
  • タスクのうちどれが終わっていて、どれが手付かずのものなのか
  • タスクの優先順位はどうなっているのか

といったことが夫婦間で全く共有されていませんでした。

私だけが家事を担うと同時に、私しか家事を回せない状態が構築されてしまっていたのです。

 

そして、私は常に「きっと疲れて帰ってきて家事をする気力はないだろうし、休日は平家事なんかしないで休んでいたいに違いない」とか「どうせ言ってもやってもらえないか逆ギレされるだけだから、それくらいなら全部自分でやってしまったほうがラクだし早い」と、勝手に思っていました。
そして、家事を分担しようとすることを諦めていました。
でも本心では分担しないのは不公平だと思っているので、不満ばかりがふつふつとくすぶり続けます。

不満はあるくせに、ダンナが本当に今の分担で良いと思っているのか、もっと手伝いたいあるいは手伝えると思っているのか、ということを直接確認していませんでした。

家事育児分担に関しての期待値や、実際どこまで分担できるのかという具体的なすり合わせを、全くしていなかったのです。

 

 

 そこで今取り組んでいることは2つ。

  • タスクの可視化と共有化
  • 期待値のすり合わせ

このあとに分担の見直しをしたいと思っていますが、まずはどんな家事育児タスクがあるのかをリストにして共有してみました。まずは”AERAの共働きの家事育児100タスク”をプリントアウトし、我が家では発生しないタスクを消し、リストにいないけど存在するタスクを書き加えるところからスタート。

そして徐々にタスクの具体性を上げていきながら、必要な頻度や仕上がりの期待値のすり合わせをしています。

その上で、次のステップとしてはどのように分担していくのか、無理なく分担するシステムをどう構築していくのかというところに取り組んでいきたいと思っています。

 

 

実は、最初はAERAのリストをダイニングテーブルの上にぽーんと置いておいてみたんですよね。
そしたらダンナがじーっとそれとにらめっこしている。
そして、話し合いを始める前から進んでお皿を洗ったり、洗濯物を畳んだりしている。さらに救いのない寝坊野郎だったのが毎朝それなりに起きるようになってきました。

この辺りのダンナの変化も、改めて書いてみようと思います。

 

 

最後に

今回の見直しを通して私も改めて学んだことがあります。
それは、たとえ夫婦であっても「察して欲しい」は無理ゲー、ということ。
共働きで平日はすれ違いばかり、なんていう状態だったらなおさらです。

 

阿吽の呼吸は、日頃のコミュニケーションの積み重ねがあってこそのもの。

相手に自分の不満や希望を言葉に出して伝えていないのに、一方的に怒ったり、恨んだり、不満を募らせるというのも、これまたものすごくアンフェアなことです。

不満を募らせるくらいなら、言葉に出して相手に伝えなくちゃ。

 

ということで我が家はこの週末は家事育児分担の話し合い会議を開催します!