The Spare Times  〜人生のスキマ時間を愉しむ〜

バリキャリワーキングマザー、アラフォーにして主婦デビュー。 突然訪れた人生の隙間時間をゆるりと楽しみつつ、次のステップを模索しながら迷走する毎日。最近お仕事再開+ときどきタロット占い師。

気づき、きっかけとしてのダイバーシティ

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〜タロット的(逆)ダイバーシティ

一つの宗教的な価値観を守ることを役目とする教皇は、多様な価値観を認めないカード。逆位置では多様な価値観を持つように促すとともに、保守的になりすぎていないか、自分立場を悪用していないか省みるようにというメッセージに。

 

 

ベビーカーと間違えられやすい子ども用車椅子について読んで思ったこと。

www.huffingtonpost.jp

 

配慮が必要なことって、知らないとそこに思いが至らずに、本来ならそれができる人であっても無知からできないことってあります。

想像力を働かせましょう、自分から進んで調べたり勉強しましょう、というのは正論なのですが、自分の日常生活の中に登場しない人やものや概念について想像力を働かせること、調べようと行動することはとても難しい

 

最初の一歩として世の中にそういう事象や概念があるのだと気づくきっかけや、こっちの方向にも目を向けてみましょうという導きがどうしたって必要になる。

 

人間、自分の目に入ってこない世界にまで自発的に想像力を働かせられるほど器用じゃないし、こう言っちゃうと身も蓋もないけど現代人はそれほど暇でもない。だからこそ、より多様な人やものや概念に日常の中で出会えるということは、それだけで気づきや学びが非常に多い人生を送ることにつながると思うのです。

 

そう考えると、ダイバーシティにはただ単に「多様性を認めましょう」「マイノリティを受け入れましょう」みたいな表層的な意味以上があることに気づきます。

 

それは、多様性があるんだということそのものに気づくきっかけを日常の中に作っていくことであり、様々な立場の人が直面する困難を、他人事ではなく身近な人のものとして具体的な想像力を働かせることです。

 

 

アメリカで通った小学校で驚いたのが、人の特徴を説明するのに肌、髪の毛、そして目の色を挙げるということでした。日本にいたら程度の差はあれどだいたいみんな黒髪で茶色い目をしています。でも改めて見てみると、確かにクラスメイトたちは金髪だったり赤い髪だったりしているし、目の色も青、茶色、緑など様々。日本では肌色は文字通り肌色で、自分の肌が世界的に見れば黄色と表現されるなんて思いもよりませんでした。

様々な人種や国籍のバックグラウンドを持つクラスメイトの中で、自分が日本人であることを否応にも意識させられたし、日本人がマイノリティであることを肌で感じました。

スーパーやショッピングモールに行けば、入り口に近い駐車場には必ず車椅子のマークがついていて、日本よりも車椅子を利用している人に遭遇する確率も高かった。そういう人がスロープを利用していたり、車椅子の人が通る間ドアを開けて押さえている人を日常的に見かけていたので、言葉は知らなくても「バリアフリー」的なことを意識していたように思います。

 

 

記事の中でも述べられているように、だからこそシェアしよう、RTしよう、サービス業や交通機関の会社においては研修を通して子ども用車椅子の認知を広げよう、というのは必要であると同時に、そもそも子ども用車椅子の人がもっと普通に出かけていける社会、知識としてだけでなく体験としてその存在を認められるような社会を目指したいです。そしてそういう社会を目指して具体的な活動をしている人のことを応援し、後押しできる自分でありたい。