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The Spare Times  〜人生のスキマ時間を愉しむ〜

バリキャリワーキングマザー、アラフォーにして主婦デビュー。 突然訪れた人生の隙間時間をゆるりと楽しみつつ、次のステップを模索しながら迷走する毎日。最近お仕事再開+ときどきタロット占い師。

勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に批判しないでほしい

どこからどう突っ込んでよいのかもわからないくらい、お粗末すぎる記事にゲンナリ。


堀北真希が引退することが、「結局女性は結婚したら家庭を守らなくちゃいけないのね」という失望感を生み、安倍内閣が推進する女性活躍に大きなダメージとなるだろう。と、3ページにも渡る記事を要約するとそういうことだ。

 

少し前まで女性は「総合職を選んだからには結婚も子供もあきらめて仕事にまい進する」ことを期待され、逆にそれ以外の女性は「結婚したら家庭に入り、仕事はパート程度にして家事と子育てに専念せよ」とのプレッシャーに晒されていた。

その前は、そもそも女性が働くというのは「働かざるを得ない事情があるような、特殊な家庭事情を抱えている」とみなされていて、保育園が「保育に欠ける」家庭に対する福祉に位置付けられているのはその名残だ。

そして今度は「女性活躍推進」の大号令の元、「女性は一部の総合職の人だけじゃなくて全員が働き、結婚して子供も産み、育て、仕事の手を抜かず、親が老いたら介護もよろしくね」と期待されている。そのことに対して当事者であるワーキングマザーは「無理ゲー…」と絶望感を味わい、その姿を見ている若い世代は結婚にも子育てにも希望を持てなくなっているのではないだろうか。ワーキングマザーを部下に抱える男性社員も、ワーキングマザーを妻に持つ夫も、「そんなこと言っても、まあ無理があるよね」と思っているというのが本当のところじゃないかと思う。
女性は過去にも、そして今現在も、特定の役割を期待され、それに応えるべく頑張ってきた。

 

この記事で一番気持ち悪いのは、女性活躍とか言っても結局それは「結婚して子供が生まれても働き続ける」という一つの型だけがお手本とされているに過ぎないということ。

結婚するもしないも、子供を産むも産まないも、個人のレベルで見れば自由な選択肢の一つであるべきだ。(少子高齢化という課題を抱える日本という国家レベルで見ると、結婚して子供産んでほしいといのはあるとして。)

女性活躍推進だって、近視眼的に結婚・出産のタイミングに限定して女性が無理を押して働き続けることがよしとされるのではなく、結婚・出産のタイミングで一時的に家庭にウェイトを移す人がいたとしても、また仕事にシフトしたくなった時に戻ってこられることが重要だと思っている。今無理を重ねているワーキングマザーを直接支援するのはもちろんとして、社会全体ではその先を見据えた柔軟な働き方をいかに作っていけるのかが本丸となるはずだ。

 

仕事が大好きな人が、子供が生まれたら予想以上にかわいくて離れがたくなり仕事から距離を置くケースもある。でも子供が育って手を離れてくると、また働きたいという思いが首をもたげる。今の日本では仕事のブランクはマイナス要素でしかなく、仕事から数年遠ざかった後に元通り復帰することはほぼ不可能だ。そういうことも含めて「活躍できる人を増やす」こと、今という時間軸で切り取ったこの瞬間に働く人を増やすだけでなく、もっと長いスパンで見たときに働く人の総量が増えるような施策こそが重要だと思う。

 

なにより、この記事のように周囲に勝手に期待され、勝手に失望され、勝手に批判されることに、私たち女性はもううんざりしている。

 

 

そして実は、男性だって同じでしょ。

一家の大黒柱として、家族と過ごす時間を犠牲にして長時間労働に耐え、無茶な人事異動や転勤にも黙って従う。子供の教育や地域活動に関心があってもそこにいるのはママばかり。弱音を吐くことは男らしさに欠けるとみなされ、女性以上にレースから降りることが許されない。

 

画一的な期待値を設定することではなく、個々の希望に寄り添って期待値をすり合わせていきたいと思う。