読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

The Spare Times  〜人生のスキマ時間を愉しむ〜

バリキャリワーキングマザー、アラフォーにして主婦デビュー。 突然訪れた人生の隙間時間をゆるりと楽しみつつ、次のステップを模索しながら迷走する毎日。最近お仕事再開+ときどきタロット占い師。

共感性羞恥 〜え、みんなは恥ずかしくないの?!

頭の体操

少しタイミングを逃しましたが、話題になっていたこちら。

「恥をかきそうなシーンがいたたまれなくて見ていられない」というのが”共感性羞恥”という名前でTV番組で紹介されたのを受けて、主にTwitterで賛否両論巻き起こって大いに盛り上がっていました。

 

私自身は

え、この感覚がわからない人いるの?!

っていうくらいに激しくこの感情に共感できるタイプです。

 


っていうかみんなが感じているわけじゃないと知って逆に驚愕しました。なんと共感性羞恥を感じる人は全体の1割しかいないらしい。びっくりしすぎて顎が外れそうになったくらい、物ごころついた頃からこの感覚とともに生きてきました。

改めて、世界をどう認知するかって本当に人それぞれなんだなぁと、人の多様性に驚かされた出来事でした。

 

ブリジット・ジョーンズの日記』とか恥ずかしいシーンだらけすぎて、あれを映像で見させられてしまうともう居た堪れなさすぎて80%くらい画面を見ないようにしてやり過ごすことになります。

あと少し古いですが海外ドラマの『フレンズ』とかも、絶対誰かがドジ踏むので何度そっとトイレに立つフリをして逃げ出したことか…

お笑いが面白いと思えないのも、基本的には同じ理由。

映画を見る時に、傍にスマホや雑誌を置いてなんとなく眺めながら見ることが多いのも、これは集中力がないとかではなく、恥ずかしいシーンが登場したらすかさず逃げ出せる用意をしているのです。

 

私の場合この感情は映像でのみ感じるもので、『ブリジット・ジョーンズの日記』も小説なら逃げ出したくなるようなことも全くなく最後まで楽しく読み通せます。
でも、小説が脳内で完璧な映像として再生されるタイプだったら耐えられないに違いない。

 

オット君は本を読んでいると音付きの映像が流れるらしい。 

 

もう一つ苦手なものとして、痛いもの、があります。

戦争映画とかで撃たれるシーンなんかは劇中の人が撃たれたのと同じ場所がなんだか痛いような気がしてきてしまって、もう苦しくて苦しくて。
病気で苦しむシーンなんかも同じように、息苦しいような気がしてきたりお腹が痛くなってきちゃって辛い。
毒殺されるのとかも、見ていると喉の奥が狭まってお腹がひっくり返るような気持ち悪さを感じます。

ゾンビ映画とか最悪です。生きたままゾンビに食われるシーンとか、もう自分の体が引きちぎられるような痛みと恐怖を味わうことになってしまうのでまさに生き地獄。

 

映像以外にもこの感覚を強く感じる対象として、自分が過去に体験した恥ずかしいこと、というのもあります。

私は失敗したこと、恥ずかしかったことなどはすごく鮮明に覚えているんだけど、それ以外の出来事はびっくりするくらい記憶に残っていません。

会社辞めると半年くらいで元同僚の名前を思い出せなくなったりする割に、小学校の時に普通の休み時間を給食時間と勘違いして張り切って机を給食の配置にしてしまい、友達から「まだ給食じゃないよ」と指摘されたことを昨日のことのように鮮明に覚えています。で、これを思い出すたびに毎回逃げ出したくなるくらい恥ずかしいあの感情も鮮やかに蘇ります。

 

過去の恥ずかしいことばかり覚えている上に、思い出すたびにまた新鮮に恥ずかしくていたたまれなくなるので、就職活動の時のエントリーシートは人生最大の修行でした。小学校から振り返って打ち込んだことや強みを書きましょう、とか言われても、失敗と恥ずかしい思い出しか思い浮かばない。頑張ったことや強みと思えることがないわけではないけれど、人より特別頑張ってもいなければ強みだとも言えないしな…と弱気になってしまって、書けない。

結局、エントリーシートが必要な会社には一社もエントリーできませんでした。

 

 

 

 

 

ああ、いろいろ思い出したり想像したりしてたら胃が痛くなってきた!

 

でも最近少しこの傾向が和らいできたのは、母になり、オバサン化が進んでいる証拠なのかもしれません……